後生的に葉緑体を獲得するウミウシの生活とそのメカニズム

前田 太郎 (基礎生物学研究所)

ウミウシ類の一部の種は、餌海藻の葉緑体を腸壁の細胞内に取り込み光合成を行う。本現象は盗葉緑体現象(Kleptoplasty)と呼ばれ、動物細胞中で光合成に必要なタンパク質をどうやって確保しているかが議論されている。一方で、本現象の適応的な意義については未だ不明確なことが多い。古典的には、光合成から栄養を得る事で、1)ウミウシが餌探索にかけるコストを減らすことができる 2)餌海藻が少ない季節を乗り越えることができるなどが考えられてきた。しかし、野外のウミウシが光合成にどれほど依存しているかは不明確であった。そこで私達は、特に長期間(10ヶ月ほど)光合成活性を維持するチドリミドリガイ(Plakobranchus ocellatus)を用いて、野外のウミウシの摂食頻度と光合成への依存度を明らかにしようとした。具体的には、窒素安定同位体比を用いて野生個体の栄養段階を評価し、さらに絶食状態で飼育した場合の生存日数を、明暗条件下と暗黒条件下で比較した。結果、栄養段階を反映するアミノ酸中の窒素安定同位体比は、1次生産者より植食者に近い値をとり、野生個体は光合成よりも摂食からの栄養に強く依存していることが示唆された。さらに体内の葉緑体の季節変化もこの結果を支持した。一方、絶食下での生存日数は、明暗条件で飼育した方が暗黒条件よりも有意に長くなり、光合成によって生存日数が延長されることが示唆された。以上から、ウミウシは餌がある場合は摂食を頻繁に行い、餌が少ない状態では光合成に依存する生活を行っていると考えられる。盗葉緑体現象は餌海藻が少ない季節を乗り越えるのに有利な形質と考えられる。

貝類を通して生命現象に迫る 4:生活史

空を飛ぶ陸貝とあまり飛ばない陸貝の違い

和田 慎一郎 (森林総合研究所)

カタツムリ(陸産貝類)といえばのろまなイメージが一般的だろう。事実そうであるし、その移動性の低さこそがカタツムリの多様化の一因といえる。一方、カタツムリは島嶼をはじめ世界中に広く生息している程度にはフットワークの軽い生き物でもある。もちろんこれは自力移動ではなく、海流や鳥付着散布などといった受動的分散によるものと考えられる。カタツムリは殻に引き篭ることで悪環境に対して比較的長期間耐えることができるため、他の生き物が耐えられないような過酷な長距離分散もやり遂げられるのだろう。また、長距離分散の成功率はサイズに依存する側面があり、実際に海洋島をはじめとした島嶼では小型のカタツムリが多い傾向があることも知られている。海洋島である小笠原諸島もその例にもれず、生息する多くのカタツムリは1cmにも満たない小型なものばかりである。中でも殻が2~3mmの微小なグループでは受動的分散がよりおきやすいためか、同じ種が列島を越えて分布することも珍しくない。しかし一方で、サイズや形態が似通っているにもかかわらず、種や分類群によって分布や多様化のパターンが異なるケースもあることが明らかになってきた。本講演では、小笠原諸島の微小陸貝に焦点をあて、微小種間で上記のような違いが生じる要因について考察したい。

貝類を通して生命現象に迫る 4:生活史

川と海を旅する巻き貝:河川性アマオブネ科貝類の進化と種多様性

福森 啓晶(東京大学大気海洋研究所)

貝類において,海から河川淡水域への進出は様々な分類群で幾度も起こってきた(Vermeij & Dudley 2000).進化的スケールにおいて,淡水域から海への再進出は起こりにくく,河川に適応した種の多くは淡水域内でその生活史を終える.陸貝類と同様,分散能力に乏しい完全淡水性の貝類では,地理的種分化が生じやすく,その傾向は周囲を海に囲まれた島嶼でより顕著となるだろう.一方,熱帯・亜熱帯島嶼河川では,1)淡水域で生まれた幼生が海へ下り,2)数ヶ月かけ成長したのち,3)河口付近で着底して川を遡る「両側回遊」をおこなう腹足類が卓越し,高い種多様性を示す(McDowall 2010; Kano et al. 2011).これら両側回遊性貝類は,成体が淡水に生息するにも関わらず幼生時には海流分散し,また小卵多産のいわゆるr戦略をとるため,容易に新環境へ移入し,地理的分布を拡大すると考えられる.しかし,両側回遊性貝類の進化や分類に関する基礎的知見の集積は遅れており,同生活環が熱帯島嶼河川生態系多様性の創出・維持機構に果たす役割は未解明な部分が多い.本講演では,河川性アマオブネ類における両側回遊の進化史および種多様性の起源について,分子系統・分類・生物地理学的解析の結果から検討し,同生態系においてなぜ両側回遊という生活環が卓越するのかについて議論したい.

貝類を通して生命現象に迫る 4:生活史

持ちつ持たれつカイメン暮らし—カイメン共生性二枚貝の生活史—

椿 玲未 (海洋研究開発機構)

ホウオウガイはカイメンに埋在して生活するという特殊な生態を持つ二枚貝である。ホウオウガイの寄主特異性は極めて高くSpongia sp.一種のみをホストとして利用し、採集した全てのSpongia sp.にはホウオウガイが共生していたことから、両者は絶対相利共生関係にある可能性が示唆された。ホウオウガイはカイメンと共生することで捕食を回避できるというメリットがある一方、カイメンがホウオウガイとの共生から得るメリットは不明である。そこで、私はホウオウガイが濾過済みの海水をカイメンの体内に排出していることに着目し、カイメンはその強い水流を利用して体内の水循環を効率的に行っているのではないかと考え、両者の起こす水流について調査を行った。その結果、カイメンの水溝系はホウオウガイの排出する水を受け入れる特殊な構造になっており、ホウオウガイから取り込まれた水はカイメンの体内をめぐった後カイメンの特定の出水孔から排出された。次に、カイメンがどの程度ホウオウガイからの水流に依存しているのかを明らかにするために、カイメン全体をめぐる水量とホウオウガイが排水する水量を調べて比較した結果、カイメン体内に取り込まれる水の内半分以上はホウオウガイの排水由来であった。そして、ホウオウガイが排水した後の水にカイメンの餌となる植物プランクトンがどの程度残されているのかを調べた結果、半数以上の植物プランクトンは濾過されず排出されているということが明らかになった。これらの結果から、カイメンとホウオウガイの関係はホウオウガイが一方的に利益を得るだけでなく、カイメンがホウオウガイの水流を利用して自ら水流を生み出すコストを節約し、またホウオウガイから十分に餌を含んだ海水の供給を受けるという、水流を介した相利共生関係にあることが明らかになった。

貝類を通して生命現象に迫る 4:生活史